Ricotte 〜アルペンブルの歌姫〜 後日談SS 「思い出の木陰」 ロックフォールで働くようになってからしばらくが経ち… ようやくまとまった休みが取れた俺達は、 久々にパブ・シャンベルタンで 懐かしくも騒がしい面々に囲まれていた。 フィオーレ「でもホントに久しぶりね〜半年振りくらい?」 フェタ「ったく、こんにゃろ!手紙くらいよこせっての!」 バノン「いたたっ、やめてってばフェタ!」 リコッテ「ごめんなさい、でも本当に忙しかったの。      毎日レッスンとかコンサートとか取材とかあって      お休みもなかなか取れないし…」 バノン「レッスンも音楽のだけじゃなくって     社交界のマナーや 一般常識とかも覚えさせられるからね…     目が回るような毎日だったよ」 リコッテ「そうそう、バノンってば最初は      ご飯の時のマナーとかも全然知らなくってね!?      ホント恥ずかしかったんだから!」 バノン「しょうがないだろ!?     高級なお店で食事なんてしたことなかったんだから…     そういうリコッテだってこの前、     記者会見の最中に寝ちゃってたじゃない」 リコッテ「あ、あれはすっごく疲れてたの!!      ていうか そういうことバラさなくていいの!!」 シャウルス「…やれやれ、相変わらずだね君達は」 フェタ「こんの〜クワルクに帰ってきてまでイチャつくんじゃねえ!」 バノン「いたたた、フェタ絞まってる絞まってる!!」 フィオーレ「でもホントに、また時々は顔見せなさいよ?」 クーロミエ「そうそう〜バノンもリコッテもいないとぉ、       特にマダムが全然元気なくってぇ…       ってマダム、いたい、いたぁい〜〜〜!!」 マダム「全くあんたは、毎度毎度余計なことまで喋るんじゃないよ」 リコッテ「あ、そういえば今日エポワスさんは?」 マダム「ああ…今日は特別な日だからね。     あんた達によろしくって 伝言ことづかってるよ」 バノン「特別な日?」 リコッテ「それってどんな…」 ゴーダ「リコッテちゃん、そろそろ聴かせて欲しいゾイ」 サムソー「全くじゃ!こちとら一日千秋の思いだったんじゃからなあ、      もう待ちきれんわい!」 リコッテ「あっはい…!バノン、大丈夫?」 バノン「勿論、いつでもOK」 リコッテ「それじゃあ、聴いてください!      今日は 大好きな皆さんの為だけに歌います!」 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜 パブでの演奏会を終え、 手荒い歓迎からもようやく解放された俺達は 夕暮れ時の懐かしい道を歩いていた。 リコッテ「楽しかったね〜!      こんなに楽しかったのって久しぶり!      みんな全然変わってなかった!」 バノン「うん、久々のリコッテの歌も     すごく喜んでもらえたしね」 リコッテ「バノンのピアノもだよ!      パブで弾いてた時と全然違う〜って      みんな言ってたもん!」 バノン「確かに、あれは結構嬉しかったかなw」 リコッテ「ねえ、そういえばバノン…      さっきのマダムの話 気にならない?」 バノン「あ…エポワスさんのこと?」 リコッテ「うん。私エポワスさんにも会いたいし…      でも今日はお邪魔になっちゃうのかな」 バノン「…ちょっと覗いてみようか?     忙しそうだったら すぐ帰ればいいし」 リコッテ「う、うん!」 『CLOSED』 バノン「休み、か…」 リコッテ「やっぱり、今日は…」 エポワス「リコッテちゃん!?バノン君!?」 懐かしい声に呼ばれ、俺達は同時に振り向く。 リコッテ「エポワスさん!!」 バノン「どうも、ご無沙汰してます」 エポワス「いや今日帰ってくるとは聞いていたけれど…      ここに寄ってくれるなんて 嬉しいよ!      パブに顔を出せなくて すまなかったね」 リコッテ「あの…お邪魔でした…?」 エポワス「いやいや、今用が済んで帰ってきたところだよ。      どうかね、良かったら久しぶりに      お茶でもしていかないかい?」 バノン「え…いいんですか?」 エポワス「勿論だよ。私も君達と ゆっくり話したいからね」 リコッテ「じゃ、じゃあ…お言葉に甘えて!」 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜 エポワスさんに招かれて入った画廊の中は あの頃と変わらず、時が止まったような不思議な空間だった。 エポワス「今、紅茶を入れるからね」 コポコポ エポワス「さ、お待ちどうさま」 リコッテ「ありがとうございます!      あの、エポワスさん…      これ、聞いちゃいけないことかもしれないんですけど…」 エポワス「ん、どうしたんだい?」 リコッテ「マダムが今日は…エポワスさんの特別な日って…」 エポワス「ああ、そのことかい」 エポワスさんは優しくて、 でもどこか寂しそうな目をして にっこり笑った。 エポワス「君達には…話してもいいかもしれないね」 エポワスさんはそう言って奥に引っ込むと 柳の大木が中央に描かれた、一枚の風景画を持ってきた。 リコッテ「わあっ…すごく優しくて素敵な絵…!」 バノン「本当に…描いた人の人柄が伝わってくるみたいです」 エポワス「そう思ってくれるかい?      これはね、私の亡くなった娘が描いた絵なんだよ」 リコッテ「えっ」 絵に見とれていたリコッテが ビックリして顔を上げる。 エポワス「娘はリリアナと言ってね。売れない画家だったが      とても絵が好きな子だった。      夫はバナードという、誠実な商人の青年でね。      2人は仕事が縁で知り合ったんだが      バナードはリリアナの絵の一番の理解者で      あの子の絵の一番のファンだった」 エポワスさんは風景画を見ながら 目を細めて静かに語る。 エポワス「しかしある日、      バナードが馬車の事故で亡くなってしまってね。      それからリリアナは絵を描かなくなった…      いや、描けなくなってしまったんだ」 リコッテ「私とおんなじ…」 エポワスさんに聞こえるか聞こえないかくらいの声で リコッテがぽつりとつぶやく。 エポワス「リリアナは次第に      食事もあまり摂らなくなっていってね…      それから1年後に、      バナードの後を追うように亡くなってしまった。      この絵はね…あの子達が結婚してから      初めて行ったデートで描いたものなんだよ。      とても新婚旅行と呼べるようなものじゃなかったけれど      この絵を私に見せながら 話をしてくれた2人の顔は      それはそれは幸せそうだったよ」 バノン「じゃあ、今日はリリアナさんの…」 エポワス「ああ、あの子の命日でね。      さっき墓参りに行ってきたところなんだ」 リコッテ「すみません…!そんな日に押しかけて      無神経にこんなお話までさせちゃって…!」 エポワス「いや、いいんだ。      私が君達に聞いて欲しかったんだから」 エポワスさんはまた立ち上がると 今度は「ありがとうの歌」の原曲になった、 あの古びたオルゴールを持ってくる。 バノン「それは…」 エポワス「このオルゴールもね…バナードがリリアナに      初めてあげたプレゼントだったんだ」 リコッテ「そ…そうだったんですか…」 エポワス「君達が生まれ変わらせてくれた あの子達の曲…      本当に素敵だったよ。      久しぶりに こっちの方も聞いていくかい?」 エポワスさんが静かにネジを巻くと 幾度となく聴いたメロディーが 店内に響き渡る。 美しくて切なくて、とても物悲しいメロディーが… 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜 無理もないことだけど 画廊を出て、ホテルに向かうリコッテの表情は沈んでいた。 バノン「あの曲にそんな意味があったなんてね…」 リコッテ「うん…私達、何とか出来ないのかな…?」 バノン「曲のこと?編曲したことなら     気にしなくていいんじゃないかな。     エポワスさんも気に入ってくれたみたいだし」 リコッテ「そうじゃなくて…!      何か、何かしてあげたいの…      エポワスさんの為に、リリアナさん達の為に…!      リリアナさんのオルゴールのおかげで      今の私達があるんだから…!!」 バノン「それは、うん…俺も同じ気持ち。     『ありがとうの歌』が無かったら     今リコッテと こうしていられなかったわけだし。     何か恩返ししたいって気持ち、わかるよ」 リコッテ「う〜〜〜ん…… 何か、何か無いのかなあ…」 必死に頭を悩ませながら歩いていたリコッテは 突然はっとして立ち止まる。 リコッテ「あの場所…!私、知ってるかも!」 バノン「え、あの絵に描かれてた場所?」 リコッテ「多分だけど…      ねえバノン、行こう!明日!」 バノン「え!?あ、明日!?     ていうか 行ってどうするの?」 リコッテ「わかんないっ!それは、行ってから考えるの!!」 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜 翌日、幸運にもよく晴れた日差しに包まれ、 俺達は森の中の獣道を歩いていた。 バノン「ねえリコッテ、この道って…」 リコッテ「あ、バノンやっぱり覚えててくれた?      そうだよ、エポワスさんに貰った絵の具持って      絵を描きに行った道!」 バノン「でもあの場所って     絵に描かれてた景色とは違うような…」 リコッテ「ううん、あの湖じゃなくって あそこに行く途中の…      あっ ほらあれ!!」 突然脇道に逸れたリコッテを、慌てて追いかける。 リコッテ「やっぱり…!記憶違いじゃなくて良かったぁ…!」 バノン「リコッテ、すごいね…よくこんなの覚えてたね」 あの日、湖に向かう途中で視界の端に映った樹を リコッテは覚えていたんだ。 それは あの風景画に描かれていた通りの 見事なまでの柳の巨木だった。 リコッテ「絵で見るだけでもすごかったけど      本物みると ホントにすっごくおっきいね…!」 リコッテは自然の雄大さに感嘆しながら 柳に引き寄せられていく。 リコッテ「この樹の下で リリアナさんとバナードさんが…      あ、あれ?」 無意識に樹皮をなぞっていたリコッテの手が、ふと止まる。 リコッテ「これ…何だろ?」 しゃがみ込んで幹を見つめるリコッテにならって 俺もリコッテと同じ場所に視線を移す。 バノン「!!こ、これは…」 リコッテ「バノンも気付いた!?      ねえこれそうだよね、やっぱり絶対そうだよね!?」 バノン「ああ…リリアナさんとバナードさん、     間違いなくこの場所に来たんだね」 リコッテ「ねえバノン…描こう」 バノン「……え?」 リコッテ「この樹、絵に描こうよ!ううん、私描きたい!」 バノン「あ、あの風景画みたいに!?     でも今、画材とか何も持ってないよ?」 リコッテ「アルペンブルに戻ればあるでしょ!      エポワスさんから貰った絵の具!」 バノン「確かに大事にとってあるけど…い、今から戻るの!?」 クワルクのアパートを引き払う時、持っていった荷物の中に 確かにあの絵の具もあったはず。 クレスさんから貰った休みはまだ数日残ってるし 時間的には問題ないけど… リコッテ「ほらっ、早く行こバノン!時間勿体ないよ!!」 バノン「ちょちょっと待ってよリコッテ!」 こっちの返事も聞かず、もうリコッテは走り出していた。 リコッテって本当に こうと決めたら聞かないし、行動も速い。 まあ、こうやってリコッテに振り回されるのって 意外と楽しかったりするんだけど。 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜 それから2日後… 俺達は再び、エポワスさんの画廊のドアを開ける。 リコッテ「お邪魔しまーす…エポワスさん?」 エポワス「おやリコッテちゃん、バノン君!      また来てくれたんだね」 バノン「ご迷惑じゃなかったですか?」 エポワス「とんでもない、君達ならいつでも大歓迎だよ。      今、お茶入れるからね」 リコッテ「あ、待ってください。その前に…      今日はエポワスさんに      お渡ししたいものがあって来たんです」 エポワス「渡したいもの?」 丸められた画用紙を エポワスさんに渡すリコッテ。 エポワス「見てもいいかい?」 リコッテ「はい!でもあの…わ、笑わないでくださいね…///」 画用紙を広げたエポワスさんは、思わず目を丸くする。 エポワス「これは…!」 リコッテ「リリアナさん達と同じ場所に行って      バノンと2人で描いたんです。      私が柳の木と人物を、バノンがそれ以外を…      あの勿論、リリアナさんの絵とは比べようもないですけど」 バノン「すみません、音楽と違って     絵はいつまで経っても上手くならなくって」 リコッテ「バ、バノンだって人のこと言えないでしょ!」 エポワス「あの場所に行ったんだね…!」 真剣に絵を眺めていたエポワスさんの目が、ある一点を凝視する。 エポワス「樹に文字が…?リリアナ、バナード…!?」 バノン「樹皮がはがれ落ちて、ほとんど読めなくなってましたけど…     確かにそう彫ってありました」 リコッテ「その文字を見たら      樹の下で幸せそうに笑ってる、お二人の姿が浮かんできて      どうしても絵にしたくなっちゃったんです…      あでも、私はお二人のお顔知らないから      描いたのは私とバノン…の、つもりなんですけど。      いつもいつも勝手なことしてごめんなさい。でも…」 そこまで言ってリコッテは、はっと顔を上げる。 初めて見る、エポワスさんの涙を目の当たりにして。 エポワス「2人が…そんなことを…!!」 リコッテ「エ、エポワスさん大丈夫ですか!?」 エポワス「はは…嬉し涙だよ。      あの2人が幸せだったということを      君達のおかげで 改めて知れたからね」 涙をぬぐった側から、またエポワスさんの目から涙が溢れてくる。 エポワス「私はね、思うんだよ。      人は亡くなった後も、誰かが思い出してくれれば      誰かの心の中で生き続けることが出来る…      だから毎年欠かさず リリアナとバナードのことを      思い出すようにしていたんだが…」 エポワスさんはいつもの優しい笑顔に戻り 俺達に微笑みかけてくる。 エポワス「これからはリコッテちゃんとバノン君の心にも      あの子達がいるんだね」 リコッテ「は、はい!約束します!      毎年必ず、リリアナさん達のことを思い出すって!!」 バノン「俺も約束します。リリアナさん達は     俺達2人を救ってくれた恩人ですから」 エポワス「ありがとう…それなら もう1つ約束してくれるかい?」 リコッテ「は、はい、何でも!!」 エポワス「あの2人の分まで、ずっと仲良く      幸せでいてくれるかい?この絵の中の2人のようにね」 リコッテ「……!!は、はいっ!!      おじいちゃんおばあちゃんになっても      ずっとずっと仲良しでいます!!」 バノン「俺も。必ず守ります」 エポワス「……ありがとう……」 ずっと止まっていた画廊の中の時間が ほんの少しだけ動き出した…そんな気がした。 〜Fin〜